越中富山・乗り撮り鉄道中

 会社の有給休暇取得制度を利用し2泊3日の越中富山への旅を計画。本年11月末で営業を終了する神岡鉄道と4月末に開業したばかりの富山ライトレールの撮影を含めて、富山県内民鉄巡りを企てる。6月に入って決まった休みのため、切符の手配などギリギリとなってしまった。そのため、利用する寝台特急「北陸」のBソロは既に完売。取れた寝台は...1号車。エンジンの上ですがな!
 そんなこんなで6月10日(土)、仕事を終えてすぐ出掛ける支度を整え出発。
 伊東19:41発熱海行きに乗車、熱海で東海道に乗換え東京までグリーン車の旅、下りに対して上りはガラガラで途中の国府津まで自分一人だけだった。


 上野駅13番線ホーム。北へ向かう寝台列車「北斗星」や「カシオペア」などが発着する「旅」を楽しむ人々の期待を一気に受け持つホームである。寝台特急衰退が顕著な東海道スジとは一転、北方面は未だに根強い人気を持つ。
 22:48 構内放送がかかりスハネフ14を先頭に列車がホームに進入する。機回し線のない13番線、客車を先頭にした推進運転で車輌区からやってくる。客車が近づくにつれて大きく聞こえてる発電用エンジンの音。旅の序章、列車を待つ時間。その速度がゆっくりなほど、期待に胸を躍らせる時間が長くなる。


昨年10月に金沢から乗車した「北陸」。今回は逆ルートで上野からの乗車となる。発車までのひと時、列車の撮影に勤しむ。


 列車は大宮・高崎と停車して北陸へ向かう。深夜0:30、高崎駅ホームには人影もなく静かなもの。誰もいなくなったホームにただ一人、カンテラを手にした駅員が列車を見送る。検札に来た車掌氏の話ではソロは満室・開放寝台も55%ほどの乗車率。まずまずではないだろうか。


 5:33 定刻に富山駅に到着した「北陸」は乗務員交代を行ない、僅か1分停車で発車していく。「北陸」が発車して7分後、北陸から30分後の後追いで上野を発車した急行「能登」が同じホームに着く。保安機器の都合もあって未だに489系が使われている。まだまだ頑張ってほしい車輌のひとつだ。


 富山県の県庁所在地、3面一部欠取りを含む6線のホームを有する。1ヶ月ちょっと前まではこれに富山港線のホームがあったが、LRT富山ライトレール化に伴い廃止され、既にホームは撤去され、階段部分だけが寂しく残っていた。ここも暫くすると北陸新幹線用地となり跡形もなくなる。


 6:04富山始発の高山本線猪谷行きに乗車。キハ120型のワンマン列車。一昨年の台風により大きな被害を受けた高山本線は未だに工事が続けられており、猪谷〜角川間がバス代行のままとなっている。特急「ワイドビューひだ」の運転も富山側にはなく、1時間に1本程度のローカル列車が走るだけとなっている。


 猪谷駅は山中の無人駅、島式ホーム1本と側線は数本、そして欠取ホームに発着する神岡鉄道の線路が1本あるだけ。かつては神岡鉱山から産出される物品の中継駅として栄えたがその面影は残された側線の本数くらいしか見受けられない。その輸送の任を担っていた国鉄神岡線は不採算路線として昭和59年、全国で2番目の第3セクター転換路線「神岡鉄道」となり再出発した。


 車輌は2両の気動車と貨物輸送用の機関車。その2両の気動車は経費を抑えるため、足回りをキハ20型の発生品を使い、ボディを新潟鉄工所で製造した。その車内には囲炉裏のモニュメントが吊られるユニークなもの。「おくひだ1号」「おくひだ2号」の2両で、2号には便所の設備がある。


 神岡を出た列車は長いトンネルを抜けて岐阜県に入る。終点を含めた7駅にはそれぞれ七福神が祭られ列車を見守る。撮影ポイントを求めて降りた漆山駅のホームにもそれはあった。


 漆山駅から2kmほど神岡鉱山方面へ国道を進むと高原川に沿って走る鉄路を見下ろすポイントに着く。20分ほど後にやってくる列車を道端で待つ。警笛が聞こえゆっくりやってきた単行列車。鉄路以外の人工物がない谷を行く列車、利用者の少なさを窺わせる。


 再び列車に乗るために漆山駅へ戻ると、地元の老人が一人列車を待っていた。神岡の町まで行くと言う老婆に列車がなくなる事を聞いてみると「濃飛バスが走るでしょ」との事。代替交通機関の問題はないようだ。


 終点の奥飛騨温泉口駅は神岡鉄道の本社屋を兼ねる。そして奥飛騨温泉郷へのバスの発着がある。駅前にはDE10が展示されているが...廃止後はどうなるのだろうか。


 折り返しの列車で神岡鉱山前へ戻る。日中の数本は神岡鉱山前〜奥飛騨温泉口間を往復する列車が設定されている。そんなに需要があるようにも感じられなかったが...。
 貨物の受け渡しが行なわれた構内は広く、その片隅にはお役御免となったDD13がシートを被って留置されている。その後方にはこの鉄路の存続を左右する神岡鉱業の工場群。鉱山輸送の目的で建設された路線、貨物輸送の自動車輸送化で幕をひく結果となってしまった。
 神岡鉱山前は検修区を兼ねた車庫がある。この日は「おくひだ1号」が庫内で休む。基本的に一日おきに運用に就いているそうだ。


 神岡鉱山前から神岡鉱業への引込み線には高原川を跨ぐ立派な鉄橋が架かる。既に線路は剥がされており、役目を終えた施設は過去の繁栄振りを伝える単なるオブジェにしかない。


 10:30 再び奥飛騨温泉口へ向けて発車する列車。タブレットを渡し信号確認の後に出発。一列車が行き来するだけの鉄路でも安全確認はしっかりと行なわれている。貨物入換えの都合で閉塞が切られているが、今はその列車もなく無駄な閉塞になっている。


 折り返してきた猪谷行き列車。ここから猪谷までのタブレットを肩にかけて駅員が待つ。この日は車輌区や本社職員も休み、運転士と駅員の2名だけの勤務だと言う。ギリギリの運営だ。


 列車に乗ってビックリ、お客さんが結構乗っている。それも宴会セットを持ち込んで...聞けば、ツアーのお客さんで猪谷まで神岡鉄道に乗るコースが含まれているのだと言う。バスとはまた違った列車、それも宴会向きの各ボックスにテーブルが付い列車。窓全開で風を受けて僅かな列車旅を楽しんでいた。


 猪谷に戻った列車の前ではさきほどの団体さんが記念撮影。普段からこういうお客さんの取り込みに力をいれていれば方向性も変わっていたのかも知れないが、今となっては仕方のないこと。本年11月30日の営業を以って、神岡鉄道は廃止される。


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