片 道 切 符 で 行 く 北 陸 遠 征 記


 翌朝6時半に起床、身支度を整えて7時にチェックアウトする。
福井方面へ向かうに当たって、経由する米原で近江鉄道に寄ってみることに。事前に近江鉄道に勤める知り合いにメールを入れてみると、この日はED31の工臨が走ると言う。時間的にも彦根の車庫から出る様子を撮れそうだ...。そんな経緯もあり早々に出発。

 地下鉄で名古屋駅へ向かい東海道線下りホームへ。予定していた7:20発の特別快速に僅差で間に合わず、7:25発の普通大垣行きに乗る。車内は通勤・通学客で立ち席が出る状態だが、何とか座席を確保。キャリーバックを持った人の姿など見られない。

 8:01に大垣へ到着、列車は折り返しの岡崎行きとなる。ホームを変えて先へ向かう列車に乗り換える。8:12発の米原行きは117系4連。ほぼ満席になり発車、各駅で乗客を拾いつつ8:47、定刻に米原に着く。

 近江鉄道米原駅はJR米原駅東口を出て正面に見える。ロータリーを挟む形となっており、乗換えのお客さんには少々不便な感じだ。しかし現在、JR側へ移設する工事が進められており、現在の米原駅の姿を見ることが出来るのもここ1・2年となる。木造の上屋に昔ながらの改札ラッチ、打ち水がなされた薄暗い待合室もまもなく見納めとなってしまう。9時ちょうど着の列車がゆっくりとホームに着く。


 自動券売機などなく切符一枚一枚が窓口を介して販売される。無機質な電子音が響くことなく役目を終えることになりそうだ。そしてその待合室の上部には沿線案内図が掲げられている。開業当初のものなのかかなり年季が入っている。


 米原から二駅、JRだと一駅の彦根に移動、画像後方に見える跨線橋は新設される東口のもの。今後駅前ロータリーなどの整備がなされ平成19年に東口が開業すると言う。そのお陰で、近江鉄道の側線に留置されていた大量の廃車群が一掃されてしまった。とてもスッキリとした構内には現役の電車群とLEカーが1両、そして廃車を含めた電気機関車が全て保管されている。年代物の機関車があるだけに全車が解体されず残ったのは嬉しいこと。


 この日の工臨はホキによるバラスト輸送、ED31の3号機が既にホキを従え停車中。その傍らにもED31(4号機)がパンタを上げて停車中。2列車走るのか??と思ったら単なる入換えの様子。しかし、稼働状態にあるED31が両方ともパンタを上げている姿を撮ることが出来た。


 9:58 側線から1番線へ転線し10:11の発車を待つ。知人の計らいで前照灯を点灯しての入線。重っ苦しい動力音が地響きのように伝わり停車。無骨な凸型機関車が何とも頼もしい。


 内装は床・壁面共に木造となっている。そして機器・ゲージ類が無造作に壁面に取り付けられている。幾重にも塗り重ねられた塗装が機器やゲージ類にまで付着している。ブレーキ弁は単弁のみなのか?1つしか見当たらない。電車は近江鉄道独特のブレーキ弁に改造されているが、機関車だけはオリジナルのままのようだ。


 定刻になり出発信号が示される。彦根を出て五箇荘の砂利線へ向かいバラストを積載し八幡へ向かうと言う。日中の行程後、また積載し夜間に散布作業がある。昼間の散布まで時間があれば良かったが、出発を見送って彦根を後にする。


 JRで米原へ戻り、福井方面へ向かうため「しらさぎ5号」に乗車する。名古屋が始発のこの列車は米原で方向転換する。到着早々に座席の向きを変えるために席を立つ人もあり乗降客の移動と重なって通路が混雑する。席につき、少々早い昼食を米原駅で購入した井筒屋の駅弁で済ます。

 10:58、定刻に米原を発車し北陸方面へ。敦賀を過ぎてからやっと車内検札がまわりだす。下手したら米原→敦賀は特急料金払わない人がいるのでは?と思ってしまうほどノンビリした検札であった。

 「しらさぎ5号」を武生で下車、数百メートル歩いたところにある福井鉄道の武生新駅へ。到着して間もなく12時ちょうど発の改札が始まった。とりあえず、車庫のある西武生までの切符を買いホームへ。2面3線のホームと1本の側線がある小さな駅。ホームに停車しているのは、左から元静岡鉄道の300型・自社発注車の200型・元名古屋市交通局の600型。側線に休むのは120型に140型、共に福井鉄道オリジナルカラーの旧型車。朝方の通勤時間帯に出動するようだ。


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