井川線DD20エンジン換装回送


 13:31家山駅で上り20レと離合してすぐ発車。抜里の大カーブで待ち受けていると農家の方が茶畑を巡回しにきた。珍しい列車が脇を掠めても一向に振り向く様子もなく淡々と茶の様子を伺っていた。


 抜里から国道経由で地名(じな)駅へ。20‰の急勾配を昇りきったところにあるため登坂してくる様子を撮影する事が出来るが...あまりにも短い編成のためわかりづらい(汗
 また先回りして下泉川橋梁へ。十分に追いついて撮影出来る。


 下泉駅では定期列車同士の離合があるため、回送列車は一度側線へ退避する。工事用車輌が側線に入ることは多々あるが、この手の列車は稀。やがて上り22レが入線。平日の昼間、乗客は僅か1人だけ...これが地方中小私鉄の現状。


 下り17レが到着するとすぐに上り22レが発車。下泉駅での3列車並びを撮影。この後、17レが発車して暫くすると回送列車が本線に入換えられる。


 下泉〜田野口間に掛かる「中徳橋」から列車を撮影。広大な大井川の流れもダムによる堰き止めの影響で水の流れは僅か。空も朝の青空が嘘のように霞んできた。


 14:50 駿河徳山駅に着く。この駅もホームの改良が行われ綺麗に整備されている。県立川根高校の最寄駅でもあり、下校時間帯と重なったのか、数人の学生が駅舎の中で列車を待っていた。普段見る事のない変な列車を見つけて、2人の学生がホームに上がって携帯で写メを撮りだす。


 14:54 上り24レと離合し発車。降りたのはやはり1人の客。列車が発車してすぐ、線路を横断するご婦人の姿が見られた。踏切でも何でもない場所...手提げ袋をもって買い物にでも向かうのだろうか。


まもなく終点千頭駅、大井川第四橋梁を渡り数分で到着。無事に輸送を終える。


千頭駅構内入口の本川根小学校前で機関車の切り離しを行う。開放合図を待つ運転士の表情が強ばる。


 E102電気機関車は1番線に引き上げ帰りの回送時間まで待機。一方のDD20は控え車を側線に押し込み、給油をして川根両国車輌区へ自力回送となる。


 千頭15:45発の回送スジで自力回送。川根両国車輌区には5分ほどで到着。これでDD20型のエンジン換装関連の回送列車は全て終了。今後はいつ本線に出られるか...ATSの種類も異なることから無いに等しいでしょう。


 帰りがけ、田野口に立ち寄った。既に2月末で閉店との話は聞いていた駅前商店「みつや」。冬の風物詩みつやのおでんは地元の人のみならず、訪れる人の舌を魅了し続けてきた。店舗の張り紙には25日でおでんは終了と記されていたが...まだそこにあった。

 いや、あったのではなく、お婆ちゃんのクセで鍋に隙間が出来ると何かしらある食材を足していったのだ。

 25日で終える予定が、そうこうして足している間に26日・27日とあるものだけで続けてしまったと言う。むろん、息子さんらには怒られたそうだ。


 店に居る間、幾人もの地元の人が手鍋を持参しおでんを求めにくる。

「おばちゃん、おでんまだあるかや〜」

もうあるだけ...徐々におでん鍋が空になり、昆布巻きと牛蒡巻きくらいしかなくなる。

それも18時半過ぎにはほぼ完売。


ゴチャゴチャと置かれていた駄菓子も、目一杯積まれていたアイスも僅か...


 「40年やってるけが、お鍋が空になったの初めてだ」と物悲しげに語る婆ちゃん。全盛期には4軒の商店が存在した田野口。最後まで婆ちゃん独りで頑張ってきた「みつや商店」もあと1日で営業を終了する。

「始めるにゃわけないっけが、しまうとなると大変だなぁ」


19時前、最後のお客を見送り店のカーテンを引く...


店内の灯りが消え閉店。


2007年2月28日、みつや商店42年の歴史に幕を引き、田野口から商店がなくなった。


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