吊掛天国・数年前の大鉄
大井川鉄道に通い始めたのが中学3年の頃、実に13年ほど前になる。この頃はSLを目当てに行っていたと思う。知り合いの旅館でお手伝い(あくまでバイトではないです)してお小遣いを貯めて始発に乗り込んで出掛けた事が多かったと覚えてる。
そしてそこにはSLだけでなく吊掛電車が活躍する魅力もあった。平成が二桁になる前、今よりも自然多くのんびりとした大井川の様子をアップしてみました。
大鉄複線化工事進行中!ってのは嘘(汗)道路拡張により川側に移設される事になった塩郷付近をゆく3800系
造成中の新塩郷駅ホーム。撮影しているところが旧ホームの入口付近、線路はホームの向こう側に敷設される
昔から情景撮ってたんですね(汗)ネガをひっくり返して改めてビックリしました...
3800系試験塗装車の車内で...
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千頭に到着したSL急行のキャブで寛ぐ機関士、何か良い事があったのか笑顔が印象的(左)
上り列車の到着を待つ女性 家山にて(右)
第二橋梁の袂でギターを弾く子がいた。自然のスタジオで清々と弾くことが出来る!
SL急行を見送る女性大きく手を振って列車のお客さんに応える(やらせです(汗))
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神尾駅の朝、まだまだ眠いんですね。(左)/川根高校の制服も結構変わりましたね 崎平(右)
奥大井の近代化の象徴でしょう、千頭駅舎が立派な駅舎に生まれ変わる時が来た...
千頭駅の建て替えと共に駅前整備も進められた。何もなく殺風景だった駅前に広場などが整えられた。それと時を同じくして川根両国への貨物線も廃止され道路が拡張された。千頭周辺の雰囲気がガラッと変わり沿線の道路も徐々に徐々に拡張・切り替えが行われ利便性が向上していった。鉄道にとって併走する道路が整備されるのは致命傷である。それが今では山奥深い閑蔵地区まで片側1車線の立派な道路が延びてしまった...そこまでする必要があったのだろうか?と疑いたくなるほどで益々マイカー利用者が増え鉄道を圧迫し兼ねない。
そんななか、「奥大井マウンテンパーク構想」(だったかな?)が持ち上がってきている。自然保護などの観点からマイカーを規制し公共交通機関などを使う様な内容だった。これらが一日も早く整備される事を願ってもやまない。
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